パートナーとのコミュニケーションにおいて、喜びを分かち合えず、悲しみに寄り添ってもらえない体験が繰り返されるとき、人の精神は著しく摩耗します。カサンドラ症候群とは、自閉スペクトラム症(ASD)や旧称アスペルガー症候群の特性を持つパートナーと暮らす配偶者や家族が、意思疎通や共感の不成立から精神的・身体的な健康障害に陥る状態を指す臨床概念です。正式な精神疾患名(医学的診断名)ではないものの、心療内科や家族カウンセリングの現場では極めて頻度の高い深刻な相談事例として定着しています。
苦痛の核心にあるのは、情緒的交流の欠如 原因が相手の悪意や愛情不足ではなく、「認知的特性の相違」にあるという点です。ASDの特性を持つ人は、言語の字面通りの意味を処理することや論理的思考に長けている一方で、文脈から他者の心情を察する「心の理論」や感情的な同調を苦手とします。パートナーが涙を流していても「何が問題なのか論理的に説明してほしい」「泣いても解決しない」と無機質に返し、共感的な言葉をかけられない事態が日常化します。
結果として、健常な情緒的フィードバックを期待する側は、日々の対話で安心感を得られず、砂漠で水を求めるような慢性的な精神飢餓状態に陥ります。配偶者関係において不可欠とされる「情緒的サポート」が完全に遮断されることこそが、この症候群の根本的なメカニズムです。