多くのリスナーが最も気にかけているのが、繰り返し連呼される「No Batidão」という言葉そのものの意味と、その前後に連なるフレーズの和訳です。言語学的なアプローチから紐解いていきましょう。
まず、ポルトガル語の文法において「Em(〜の中で、〜に乗って)」と定冠詞「O」が結合したものが「No」です。そして「Batidão(バチダン/バチダォン)」は、「Batida(ビート・打撃)」に強調を表す接尾辞「-ão」が付いたスラング。すなわち、「No Batidão」の直訳は「ド派手な重低音の中で」「強烈なビートに乗って」という意味になります。音楽用語としては、クラブやストリートの巨大スピーカーが空気を震わせるような、低音が効いたファンクミュージックそのものを指す代名詞です。
しかし、問題はここからです。楽曲内でこの言葉に続くリリックには、ダンスのステップを促す表現と同時に、ブラジルの夜のストリート文化特有のきわめて赤裸々な肉体言語が網の目のように張り巡らされています。
代表的なフレーズの構成を見てみましょう。例えば、「Vem jogando no batidão(強烈なビートに乗せて身体を揺らせ)」という歌詞。一見すると純粋なダンスの指示に聞こえますが、ストリートの文脈における「Jogar(投げる、揺らす)」は、腰やお尻を激しく振るトゥワーク(Twerk)的な挑発動作を意味します。さらに畳み掛けるように登場する「Desce, senta, não para(腰を落として、跨って、止まるな)」といったリリックは、ダンスフロアでの煽りであると同時に、ベッドルームでの性的な営みを直接的に描写するダブルミーニング(二重の意味)として機能しているのです。
海外ポップスに詳しい音楽ライターは次のように指摘します。『英語圏のトラップミュージックでも顕著ですが、ブラジリアン・ファンクのストリート派生形(プロイビダン文化)では、ダンスのステップと性的な交わりを意図的に同一化させるリリックが伝統的な美学となっています。日本人の耳には語感が心地よい呪文のように響きますが、ネイティブの感覚からすれば、白昼堂々歌うには顔が赤らむほど直接的で濃密なリリックなのです』