グルメ情報サイトやSNSの普及によって「厚切り牛タン=高級・美味」という図式が広く浸透しましたが、ここには食肉加工の観点から見た大きな落とし穴が存在します。厚みがあれば無条件に美味しいわけではありません。
牛タンは首側の根元部分(タン元)から先端(タン先)に向かうにつれて、脂肪分が減少し、筋肉組織が密集して硬くなります。本来、厚切りに適しているのは脂が乗ったタン元のわずか15cm前後の部位に限られます。赤身主体のタン中やタン先を無理に厚切りにカットした場合、スリット(隠し包丁)の技術や事前の筋膜処理が完璧でなければ、噛み切ることすら困難なゴムのような食感になってしまいます。
また、ネットで話題の格安店や一部の食べ放題店で見受けられるのが、結着肉やインジェクション加工(牛脂注入肉)を用いた「成型牛タン」の存在です。均一なサシが入って柔らかいものの、牛タン本来の歯切れの良い繊維感や、噛むほどに染み出す特有の滋味深さとは性質が異なります。メニューに「一本買い」「熟成」「タン元厳選」などの具体的な仕込み工程が明記されているかを確認することは、後悔しない店選びの必須防衛策です。
さらに、焼きの技術も見落とせません。牛タンの内部温度が上がりすぎると水分が抜け、パサつきの原因になります。熟練の焼き手は、強火の遠火で表面をメイラード反応によって香ばしくカリッと焼きつつ、余熱を利用して内部をロゼ色のミディアム状態に保ちます。この緻密な火入れコントロールがなされて初めて、極厚切りはその真価を発揮するのです。