本作において、観客の視線を一身に集めるのが夏目雅子演じる「駒子先生」です。セーラー服姿で自転車のペダルを力強く漕ぎ、瀬戸内の潮風に髪をなびかせながら見せる屈託のない笑顔。その圧倒的な生命力は、戦後の暗雲を払う一筋の閃光そのものでした。
夏目雅子の女優人生を振り返ると、18歳でデビューした当初は本名で活動し、テレビドラマの現場で「56回連続NG」を出して涙を流すなど、演技力不足に激しく苦しんだ下積み時代がありました。秋吉久美子や桃井かおりといったアンニュイでクールな女優が「しらけ世代」の象徴とされていた1970年代後半から1980年代初頭において、夏目雅子の持つ健康的で陽性の美しさは当初、芸能界の潮流の中で異色の存在でした。
しかし、1978年のドラマ『西遊記』での三蔵法師役、そして1982年の映画『鬼龍院花子の生涯』における「なめたらあかんぜよ!」の名セリフでブルーリボン賞主演女優賞を受賞。美貌のアイドル女優から本格派のトップ女優へと脱皮を遂げ、自信と技術が最高のバランスで噛み合っていた絶頂期に巡り合ったのが、この『瀬戸内少年野球団』でした。
撮影現場となった兵庫県淡路島では、夏目雅子の人間性が遺憾なく発揮されていました。現場スタッフの証言によると、彼女は過酷な夏のロケ現場にあっても一切の弱音を吐かず、常に太陽のように周囲を照らしていたといいます。後年に篠田正浩監督が語った「彼女の天真爛漫さは、計算された演技や技巧では決して表現できない境地だった」という言葉通り、スクリーンに焼き付いた駒子先生の表情は、夏目雅子という人間が放つ純度の高い生の輝きそのものでした。