家庭でイワシのマリネを調理した際に生じる生臭さの原因は、鮮度不足だけではありません。最大の要因は、魚の体内に残留した「トリメチルアミン(TMA)」と、脂質が空気中の酸素に触れて生じる過酸化脂質の蓄積にあります。イワシをはじめとする青魚は不飽和脂肪酸が極めて多く、水揚げ直後から酵素分解と酸化が急速に進行します。
多くの家庭調理で見られる致命的なミスが、「真水で洗いすぎること」と「脱水工程の軽視」です。真水で長時間洗うと浸透圧の差で細胞が破壊され、ドリップ(旨味と臭み成分を含んだ体液)が外に出て身の表面全体に再付着してしまいます。さらに、塩による脱水を省いて直接マリネ液(酸や油)に漬けてしまうと、魚の内側から滲み出た水分が調味液を薄め、雑菌が繁殖しやすい環境を作り出して強烈な戻り臭を発生させます。
都内の老舗トラットリアで総料理長を務めるシェフは、取材に対して次のように現場の実態を明かしています。「イワシをマリネする際、油やハーブで臭いを覆い隠そうとするのは本末転倒です。まず塩の力で臭みを含んだ水分を物理的に排出し、酸でアミン類を化学的に中和する。この2段階のステップを正確に踏まない限り、いくら高級なオリーブオイルを使っても生臭さを消すことはできません」。