「オー・シャンゼリゼ」に関して、世間で最も広く信じられている誤解が「フランスの伝統的な民謡や純粋なシャンソンである」という認識です。しかし、音楽史における客観的な史実を辿ると、この曲の出自はまったく異なる場所にあります。
原曲は、1968年にイギリスのロックバンドであるジェイソン・クレスト(Jason Crest)がリリースしたサイケデリック・ポップナンバー『Waterloo Road(ウォータールー・ロード)』です。作詞はマイク・ディーガン(Mike Deighan)、作曲はマイク・ウィルシュ(Mike Wilsh)によるもので、ロンドンのウォータールー駅周辺の通りを舞台にした英国発祥の楽曲でした。
この楽曲のキャッチーなメロディに目を付けたのが、フランスの高名な作詞家ピエール・ドラノエ(Pierre Delanoë)でした。彼は舞台をロンドンからパリのシャンゼリゼ通りへと大胆に変更し、フランス語の歌詞を書き下ろしました。これをアメリカ出身のシャンソン歌手ジョー・ダッサン(Joe Dassin)が1969年に歌唱したことで世界的な大ヒットを記録し、現在の「オー・シャンゼリゼ」が誕生したのです。
さらに日本では、訳詞家・安井かずみによる「街を歩く 心軽く 誰かに会える この道で」という見事な日本語詞が付けられ、ダニエル・ビダルの愛らしい歌唱とともに国民的ポップスとして定着しました。異国の楽曲が言語と舞台を変えながらローカライズされ、最終的に日本のCMソングとして不可欠な存在になったという経緯は、音楽マーケティング史における極めて興味深い変遷と言えます。