東洋大学の創始者である哲学者・井上円了は、「諸学の基礎は哲学にあり」「余資なく優暇なき者のために」という理念を掲げ、社会に開かれた実学と知の探究を重視しました。その精神を受け継ぎ、群馬県邑楽郡板倉町に誕生した板倉キャンパスは、まさに地方と大学が手を取り合って創り上げた理想の学術拠点でした。
1990年代当時、群馬県邑楽郡板倉町は町の将来を賭けて大学誘致を進め、広大な用地を整備し、東武日光線に「板倉東洋大前駅」を新設するほどの熱意を注ぎました。田園地帯に突如として誕生した近代的な学舎は、地域に新しい風を吹き込み、学生ボランティアや公開講座、地域特産品を活かした産学共同研究など、数々の温かい交流を生み出しました。
地元の人々にとって、大学は単なる教育施設ではなく、地域の誇りであり活力の源泉でした。それだけに、時代の要請とはいえキャンパスの主機能が去ったことに対する寂しさは根深く、円了の掲げた地域貢献の志をどのような形で未来へ引き継ぐかが今改めて問われています。