「ひととせ」は、古代から中世の貴族文学・日記文学においても重要な役割を果たしてきました。客観的な記録としての一年ではなく、「感情の宿った時間」を描写する際に好んで選択された歴史があります。
平安中期の仮名日記の先駆とされる『土佐日記』(承平5年/935年頃、紀貫之)の冒頭近くには、次のような一節が登場します。
「都へと思ふを、ひととせふたとせ、都の言を聞かざりければ、京にしあらぬ人の心は…」
ここでは「一年、二年と都の言葉を耳にしなかったため」という流れる年月の長大さと望郷の思いが、「ひととせ・ふたとせ」という柔らかな反復によって表現されています。単に「一年二年」と記すよりも、都を離れた任地で四季が巡っていったやるせなさが、大和言葉の語調によって増幅されているのが分かります。
さらに『源氏物語』や『伊勢物語』の和歌においても、「ひととせ」は「過ぎ去りし四季の思い出」や「めぐり逢うまでの時の隔たり」を暗示す感情語として機能してきました。日本語表現の変遷を辿ると、古代の歌人たちは、機械的に刻まれる暦日ではなく、花が咲き、青葉が茂り、紅葉が散り、霜が降りるという自然の移ろいを肌身で実感した総体として「ひととせ」という言葉を紡いでいたのです。