山本氏の取材活動を語る上で欠かせない存在が、独立系通信社「ジャパンプレス」代表であり、公私にわたるパートナーであった佐藤和孝氏です。二人は数々の戦場を共に歩み、危険を分かち合いながら独自の映像ジャーナリズムを築き上げてきました。 佐藤氏が事件直後の会見や手記で明かした最期の言葉や遺言の有無について、現場の状況は言葉を交わす余裕すら奪う苛烈なものでした。銃撃が始まった瞬間、佐藤氏はとっさに壁の陰へ身を滑り込ませ、「美香、逃げろ!」と叫びました。しかし、猛烈な乱射の音にかき消され、返事はありませんでした。わずか数十秒の銃撃戦ののち、静寂が戻った路上で倒れていた彼女を発見した佐藤氏は、必死に名前を呼び続けましたが、すでに意識は失われていたと語っています。 遺品となったビデオカメラには、銃撃を受ける直前までアレッポの穏やかな市民や子どもたちの表情を丹念に追う映像が記録されていました。恐怖を煽る戦闘シーンではなく、戦火に怯えながらも懸命に生きる市井の人々の営みを映し出すこと――それが彼女の生涯を貫くジャーナリストとしての原点でした。
山本美香シリア銃撃の真相と遺志|戦場に散った命が問いかけるもの
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