『Close to You』が単なるヒット曲を超えて永遠のスタンダードとなった背景には、高度な音楽理論に裏打ちされたアレンジと、カレンの天性のボーカル特性の完璧な融合があります。
本作の基本キーはFメジャーから始まりますが、コード進行にはメジャーセブンス(Maj7)やテンションコードが巧みに配置されています。例えば、出だしの「Why do birds...」の部分では、メジャーセブンスコード特有の「浮遊感」と「優美な切なさ」が響き渡ります。解決しきらない浮遊する和音の連続が、恋に落ちた瞬間の非日常感や、胸が締め付けられるような感情の揺らぎを見事に音像化しています。
さらに、楽曲後半(ブリッジ以降)におけるドラマティックな転調(FメジャーからG♭メジャーへの半音転調)が、聴き手の感情を一気に昂揚させます。この半音上がるモジュレーションは、ポピュラー音楽において感情の解放やクライマックスを演出する定石ですが、リチャードのアレンジはコーラスワークの重厚さと相まって、まるで雲間から光が射し込むような圧倒的な美しさを創出しています。
そして、何よりも特筆すべきはカレン・カーペンターの歌唱です。カレンの声域は女性としては非常に珍しいコントラルト(アルトのさらに低い領域)に豊かな響きを持っていました。一般的な女性ポップシンガーが高音域の張り上げで感情を表現するのに対し、カレンは中低音域のチェストボイスで語りかけるように歌います。彼女の声に含まれる独特の倍音とわずかなハスキーさは、幸福感に満ちた歌詞の裏側に潜む「哀愁」「孤独感」を無意識のうちにリスナーへ伝達する力を持っていました。この「多幸感と哀愁の同居」こそが、時代を超えて聴く者の心を捉えて離さない決定的な要因です。