これほど法的なリスクや事故の危険性が周知されながら、なぜ右側通行をやめないサイクリストが後を絶たないのでしょうか。そこには単なるマナー違反にとどまらない、個人の心理的認知の歪みと都市構造の欠陥が複雑に絡み合っています。
社会心理学や行動経済学の観点から分析すると、逆走運転者の多くは「認知的近道(ヒューリスティック)」と「正常性バイアス」の罠に陥っています。「道路の反対側にあるコンビニやすぐ先の交差点に行きたい」と考えた際、わざわざ遠回りをして信号を2回渡り、左側車線に戻るというプロセスを脳が「非合理なコスト」と無意識に判定してしまうのです。「ほんの20メートルだから」「自分はスピードを出していないから大丈夫」「相手が避けてくれるだろう」という根拠のない過信が、重大な違法行為への心理的ハードルを極端に押し下げています。
さらに見逃せないのが、「ペデストリアン・アイデンティティ(歩行者意識)の残滓」です。日本において自転車は、幼少期に「歩道の延長」として乗り始める乗り物です。そのため、大人になってロードバイクや電動アシスト自転車のような重量級・高速モビリティを操るようになっても、内面では「自分は免許の要らない歩行者の仲間」という甘えが抜けていません。車両を運転しているという当事者意識の欠落が、「車のように左側通行を守る」という基本動作を希薄にさせているのです。
これに加えて、日本の道路インフラが抱える物理的制約も逆走を助長しています。狭隘な車道、違法駐車の列、連続性のない自転車専用レーン――左側車線を安全に直進できない都市環境が、一部の利用者を「走りやすい右側」へと追いやる構造的要因を作り出している点も冷徹に直視する必要があります。