賭け麻雀スキャンダルによって不名誉な形で法曹界の表舞台を去った黒川氏ですが、それまでのキャリアは極めて華々しいものでした。東京都出身で、国内屈指の進学校である筑波大学附属駒場高校から東京大学法学部へ進学。1983年に司法修習35期を経て検事に任官しました。
現場で辣腕を振るう事件捜査担当の検事とは一線を画し、黒川氏の主戦場は法務省内部にありました。刑事局総務課長、大臣官房審議官、官房長、そして法務事務次官と、いわゆる法務省の中枢である「赤れんが派」のエリート街道をひた走ります。卓越した法解釈能力と政治家に対する並外れた調整力を誇り、複雑な法案調整や国会対策を数多く成功させてきました。
とりわけ第2次安倍政権発足以降は、菅義偉内閣官房長官(当時)をはじめとする官邸幹部から絶大な信頼を勝ち取り、いつしか政界と検察をつなぐ結節点として「官邸の守護神」と称されるほどの強大な影響力を持つに至ったのです。