鹿せんべいを手に取ると、10枚のせんべいが細い紙の帯で束ねられていることに気づきます。観光客がせんべいを与えようとすると、鹿はこの紙帯ごと勢いよくかぶりつくケースが珍しくありません。「紙を飲み込んで鹿のお腹は大丈夫なのか」と不安を覚える人も多いはずです。
ここに、奈良の鹿愛護会証紙の秘密が隠されています。この帯紙は「証紙」と呼ばれ、一般財団法人「奈良の鹿愛護会」の登録商標となっています。シカが誤って誤飲しても体内で無害に消化できるよう、素材には食用適格なパルプと大豆油インキ、さらには米由来の天然糊が厳格に採用されているのです。プラスチックや化学接着剤を一切含まないため、鹿が丸ごと食べてしまっても消化器を傷つけることはありません。
さらに重要なのは、この証紙制度が鹿たちの命を支える経済的インフラになっている点です。鹿せんべいの売上から生じる証紙代(ライセンス料)は、全額が一般財団法人「奈良の鹿愛護会」へと納付されています。この資金は、交通事故に遭ったシカの救護活動、病気の治療、妊娠中のメスや小鹿を保護する「鹿苑(ろくえん)」の維持管理費、さらには公園内のパトロール費用として直接還元されています。つまり、観光客が正規の鹿せんべいを購入する行為そのものが、文化財保護と野生動物福祉への直接的な寄付となっているのです。