英国留学という共通項は、後に伴侶となる天皇徳仁さま(当時は皇太子殿下)との間にも、深く静かな絆を紡ぎ出す契機となった。天皇徳仁さまもまた、オックスフォード大学マートン・カレッジでテムズ川の水上交通史を研究された生粋の研究者肌である。互いに英国の学風や自由な学究の空気を肌で知るお二人は、出会いの当初から学問や国際社会の課題について自然と言葉を交わすことができたという。
当時、外務省の若きホープとして将来を嘱望されていた雅子さまに対し、宮内庁や皇室関係者の関心は急速に高まっていった。しかし、雅子さまご自身は外交官としてのキャリアと学問への志を何よりも重んじていた。学術的な知見を皇室の公務へと昇華させていく過程には、葛藤と同時に、自らの学びをより広い世界のために役立てたいという強い信念が存在していた。