マウイイワスナギンチャクの存在が世界に知られる契機となったのは、ハワイ諸島マウイ島東部の孤立した集落「ハナ(Hana)」地区のムオレア湾に古くから伝わる土着の神話でした。地元先住民の間で「リム・マケ・オ・ハナ(Limu-make-o-Hana=ハナの死の海藻)」と呼び習わされ、禁忌の潮だまりにしか自生しない呪術的な存在として畏怖されてきた歴史があります。
ハワイの口承伝承によると、かつて近隣の村人を襲っていたサメの化身である凶暴な男が退治され、その遺体が潮だまりに投げ込まれた際、男の背中に生えていた邪悪な苔が変異して猛毒の生物になったと伝えられています。現地の戦士たちは戦闘において、このスナギンチャクの体液を槍や矢の先端に塗り、わずかなかすり傷でも敵を確実に絶命させる「暗殺の毒」として用いていました。その猛毒が外部に漏れることを防ぐため、生育する潮だまりは厳重なタブー(カプ)によって封印されていたと記録されています。
この呪術的な伝説が近代科学の光の下に晒されたのは1961年のことです。ハワイ大学の研究チームが古文書の記述を手がかりにマウイ島の立ち入り禁止区域を調査し、潮だまりから未知のスナギンチャクを採取することに成功。1971年に有機化学者リチャード・ムーア博士らによってその体組織から新種の猛毒化合物が単離され、学名にちなんで「パリトキシン(Palytoxin)」と命名されました。呪いと恐れられた伝承の裏には、科学的に証明された極めて論理的かつ絶望的な毒性メカニズムが存在していたのです。