江戸という世界有数のメガシティ特有の病弊も、成長期の身体に暗い影を落としていた。それが「江戸患い」と呼ばれた脚気(かっけ)である。
江戸の町では、精米技術の向上によって農村部よりも早くから白米を主食とする文化が庶民層にまで普及した。1日3合から5合もの白米をかき込み、おかずはわずかな塩分のみという食習慣は、深刻なビタミンB1不足を招く。地方から江戸に出てきた武士や奉公人が次々と脚気に倒れ、故郷に帰ると玄米や雑穀を食べて回復したという記録は枚挙にいとまがない。
慢性的な微量栄養素の欠乏は、乳幼児の死亡率を高めただけでなく、生き残った子どもたちの骨伸長を著しく抑制した。都市の豊かさの象徴であった「白い米」への執着が、皮肉にも人々の背丈を縮ませる要因として機能していた側面は見逃せない。