北朝鮮における「喜び組(キップムジョ)」の起源は、1970年代後半にまで遡ります。当時、後継者としての地位を固めつつあった金正日氏が、父である金日成主席の健康長寿を願い、同時に自らの側近グループとの結束を固める目的で創設したとされています。公式組織の名称ではなく、朝鮮労働党中央委員会護衛司令部や幹部第5科が管轄する特別任務グループの通称です。
この組織に入るための喜び組の選抜基準と条件は、想像を絶する厳格さで知られています。選抜作業は通称「5科招募」と呼ばれ、朝鮮労働党幹部第5科の調査官が全国の中学校や芸術学校へ直接足を運び、候補者を秘密裏にリストアップすることから始まります。
第一関門となるのは、本人の容姿や芸術的才能だけではありません。北朝鮮の厳格な階級制度である「出身成分」が何よりも重視されます。本人から数えて親族4親等内に反体制派、脱北者、あるいは前科者が一人でもいれば即座に対象から除外されます。党と最高指導者に絶対的な忠誠を誓える「核心階層」の家庭出身であることが絶対条件です。
書類選考を通過した少女たちを待ち受けるのが、過酷を極める身体検査です。脱北者が語る実態と証言によると、平壌の最高級病院であるポンファ診療所などに集められた14歳から16歳前後の少女たちは、一切の衣類を身につけない状態での極めて屈辱的な検査を強いられます。身長165cm前後、均整の取れた体躯、顔立ちの美しさはもちろんのこと、皮膚に傷跡や火傷の痕がないか、虫歯や内臓疾患がないか、果ては骨盤の歪みや歩行のバランスまでミリ単位で精査されます。
さらに、最も残酷とされるのが産婦人科医による執拗な「処女検査」です。国家最高指導者の身辺に侍る存在として、純潔性が絶対的な前提とされるためです。プライバシーなど一切存在しない過密な検査空間で、少女たちは恐怖と羞恥に震えながら選別にかけられます。こうして全国数万人の中から最終的に選ばれるのは、わずか数十名程度という極めて狭き門です。