伊東豊雄「中野本町の家」なぜ解体?伝説の名作の真相と現在の跡地

伊東豊雄「中野本町の家」なぜ解体?伝説の名作の真相と現在の跡地

伊東豊雄「中野本町の家」なぜ解体?伝説の名作の真相と現在の跡地の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

インターネット上の掲示板やSNSでは時折、「住みにくさに耐えかねて取り壊されたのではないか」「雨漏りや結露などの施工欠陥が解体理由だったのでは」といった憶測が飛び交うことがあります。しかし、これらは明らかな誤解です。

「中野本町の家 なぜ解体されたのか」という問いに対する真実の答えは、施主である姉自身が「この家は家族を再生するという役目を立派に終えた」と確信したからにほかなりません。竣工から約20年が経過した1990年代半ば、幼かった2人の娘たちは立派に成人して結婚や就職で家を巣立ち、大きな白い空間には母親が一人残されることになりました。

建築家としての名声が高まっていた伊東豊雄氏に対し、姉は「子どもたちが独立し、もう家族で身を寄せ合って悲しみを癒やす必要はなくなった。家を壊して、土地を手放したい」と申し出ました。建築作品としての延命や第三者への売却、保存運動などを求める声もありましたが、伊東氏は姉の意思を全面的に尊重しました。この住宅は一般的な不動産資産ではなく、ある特定の家族の悲劇と再生のために特注された「精神的な衣服」のような存在だったからです。

1997年夏、解体工事が開始された際、伊東豊雄氏やスタッフ、写真家たちが現場に集まり、白い壁が重機で砕かれ、土に還っていく過程を克明に記録しました。名建築が老朽化や経済的都合で無残に破壊されるのではなく、家族の物語の完結とともに自ら幕を引くという幕引きは、建築界において極めて詩的で尊厳に満ちた出来事として記憶されています。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。