伊丹万平という名が日本映画史に刻まれた決定的な瞬間は、1985年に公開された伊丹十三監督の第2作『タンポポ』です。タンクローリーの運転手(演:山﨑努)が、さびれたラーメン屋の女主人(演:宮本信子)を一流の料理人に育て上げる痛快作において、宮本信子演じる主人公・タンポポのひとり息子「平平(へいぺい)」役を演じたのが、当時小学生だった伊丹万平氏でした。
作中における万平氏の存在感は際立っていました。いじめっ子たちに囲まれながらも毅然とした眼差しを見せ、母の作る不器用なオムライスを頬張る姿は、フィクションを超えたリアリティを作品にもたらしました。伊丹十三監督は自著や当時の撮影日誌において、自身の家族をキャスティングした理由について「演技の技巧ではなく、子どもの内面からにじみ出る本物の無垢さと生活感をフィルムに焼き付けたかった」と語っています。
しかし、万平氏にとってこの出演は、本格的な俳優人生の幕開けを意味するものではありませんでした。伊丹監督は家庭内において「表現者としての才能」を認めつつも、子どもたちに芸道を強制することは一切ありませんでした。万平氏自身も、カメラの前に立つ高揚感以上に、通常の学校生活や自らの関心領域を深めることを好み、義務教育を終える頃には自然な形で芸能活動からフェードアウトしていきました。