育児中の親が最も知りたい疑問は、「日常のあやし方と危険な揺さぶりの境界線はどこにあるのか」という点に尽きます。小児脳神経外科や法医学の専門機関が公表している知見を総合すると、揺さぶられっ子症候群がどのくらいの強さで起きるのかという基準は極めて明確です。それは「周囲の第三者が見たら、赤ちゃんが壊れてしまうと恐怖を感じて即座に制止するレベルの激しい暴力的な揺さぶり」に該当します。
具体的な数値で示すと、赤ちゃんの脇の下や胸元を両手で強く掴み、1秒間に3〜4往復という猛烈なスピードで、5秒から20秒間にわたって前後に激しく揺さぶり続ける動作が典型例です。このとき赤ちゃんの頭部には、自動車事故や高所からの墜落に匹敵するほどの強烈な「回転加速度(角加速度)」と「減速度」が加わります。大人が腕の力で赤ちゃんを前後に振ると、首の筋肉が未発達な赤ちゃんの頭はムチのようにしなり、顎が胸に打ち付けられた直後に後頭部が背中側へ反り返るという極端な往復運動を繰り返すのです。
なぜこれほどまでに乳幼児の脳が揺れに対して脆弱なのか。その原因と理由は、赤ちゃん特有の3つの解剖学的構造にあります。
第一に、身体に対する頭部の圧倒的な重さです。成人の頭部は体重の約8〜10%程度ですが、新生児から乳児期にかけては体重の約25〜30%(約3分の1近く)を頭部が占めています。第二に、それだけの重量を支える頸部(首)の筋肉や靭帯が極めて未熟であり、外力に対して頭を固定する力が備わっていない点です。そして第三に、赤ちゃんの頭蓋骨と脳の実質との間には、将来の急激な脳成長に備えて広い隙間(くも膜下腔)が存在し、脳自体も水分量が多くゼリーのように柔らかい状態にあります。
この状態で赤ちゃんへの激しい揺さぶりが加わると、外側の頭蓋骨の動きに対して、内側の柔らかい脳が一瞬遅れて動く「ズレ」が生じます。その結果、硬膜(頭蓋骨の内側を覆う膜)と脳の表面をつないでいる「架橋静脈(かきょうじょうみゃく)」という細い血管が強く引き伸ばされ、プツリと引きちぎられて大出血を起こすのです。さらに脳そのものが頭蓋骨の内壁に激しく衝突し、神経線維(軸索)が広範囲にわたって断裂する「びまん性軸索損傷」を併発します。これが乳幼児揺さぶられ症候群における脳損傷の決定的なメカニズムです。