なぜ日本人にこれほど下顎の後退が多発するのか。取材を通じて浮き彫りになったのは、成長期における呼吸様態と顎骨発育の密接な相互作用だ。その代表例が、耳鼻咽喉科領域でも警鐘が鳴らされるアデノイド顔貌の特徴である。
幼少期にアレルギー性鼻炎や慢性副鼻腔炎、アデノイド(咽頭扁桃)の肥大によって鼻呼吸が障害されると、小児は代償的に口呼吸を常用するようになる。口呼吸が横顔へ及ぼす影響は甚大だ。安静時の正常な舌は上顎の口蓋(スポット)にぴったりと密着しているが、口呼吸を行うためには気道を確保するために舌を下方へ落とし、常に口を半開きに維持しなければならない。この舌圧の消失と周囲筋肉のアンバランスが、上顎骨の狭窄と前突(出っ歯)、さらには下顎骨が下方および後方へ時計回りに回転しながら成長する「垂直的過蓋生育」を誘発する。
アデノイド顔貌として固定化した顔貌には、次のような明確な解剖学的特徴が刻み込まれる。
第一に、下顎が後退しているため上下の唇を自然に閉じることが難しく、無理に閉じようとすると下唇の直下に梅干し状のシワ(オトガイ筋の異常緊張)が生じる。第二に、鼻翼が狭く小鼻が平坦化し、中顔面が間延びした印象を与える点だ。そして第三に、下顎が後退した代償として頭部を前方に突き出す「ストレートネック」姿勢を無意識に取るようになり、横顔の崩れが全身の姿勢異常へと連鎖していく。
さらに見過ごせないのが、骨格の異常が審美面だけでなく呼吸機能の低下に直結している点である。下顎が後退している患者の多くは、舌根が咽頭腔(空気の通り道)へ落ち込みやすく、睡眠時無呼吸症候群(SAS)や慢性的な酸素不足に起因する起床時の頭痛、日中の倦怠感に苛まれている。顎がないという悩みは、単なる見た目のコンプレックスにとどまらず、呼吸器疾患としての側面を内包しているケースが少なくない。