明治天皇伏見桃山陵はなぜ京都に?遺言の真相と230段階段の秘密

明治天皇伏見桃山陵はなぜ京都に?遺言の真相と230段階段の秘密

明治天皇伏見桃山陵はなぜ京都に?遺言の真相と230段階段の秘密の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。

伏見桃山陵を訪れた際、素通りしてはならないのが東側に隣接する昭憲皇太后伏見桃山東陵です。明治天皇の皇后(昭憲皇太后)は1914年(大正3年)4月9日に崩御され、天皇の御陵と同じく上円下方墳の形式で寄り添うように造営されました。規模は天皇陵より一回り控えめですが、敷石の白さと生垣の緑が美しい対比を描き、静謐な祈りの空間となっています。

そして、この地を語る上で欠かせないのが、参道南側に鎮座する伏見桃山陵と乃木神社の関係です。日露戦争の英雄として知られる乃木希典将軍は、1912年9月13日、明治天皇の大葬の当夜に妻・静子とともに自刃(殉死)を遂げました。この壮絶な殉死は国内外に巨大な衝撃を与え、夏目漱石の小説『こころ』や森鴎外の『興津弥五右衛門の遺書』の執筆動機となったことは著名な事実です。

乃木将軍の死を悼み、その忠節を後世に伝えるため、全国から寄せられた有志の献金によって創建されたのが京都乃木神社です。境内には乃木将軍直筆の書や遺品を収蔵する記念館があり、近代日本が直面した武士道精神の終焉と明治という時代の重みを今に伝えています。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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