絶望の淵から這い上がる吉村氏の背中を支え続けたのは、かけがえのない家族の存在でした。怪我からの復帰を目指していた闘病期間中、精神的・肉体的に最も吉村氏を支えたのが妻の知恵子さんです。
アメリカでの過酷な入院・リハビリ生活において、知恵子さんは異国の地で献身的に看病に従事。先の見えない不安と戦い、時に弱音を吐きそうになる吉村氏を笑顔で励まし、アスリート専用の徹底した栄養管理食を作り続けました。吉村氏は後に「妻がいなければ、私はどこかで心が折れてユニフォームを脱いでいた」と深い感謝を公言しています。
また、吉村夫妻の間には息子たちが誕生し、温かな家庭を築いてきました。父の現役引退後、息子たちも野球の道へと進み、学生野球などで白球を追う青春を過ごしました。吉村氏は父親として家庭内で無理に野球を強制することは一切せず、ひとりの親として息子の自主性を重んじる教育方針を貫いたといいます。
プライベートでの吉村氏は非常に穏やかで、家族思いの父親として知られています。公私の境界線(バウンダリー)を明確にし、グラウンドの重圧を一切家庭に持ち込まない姿勢は、昭和・平成のプロ野球選手としては先駆的であり、家族の深い信頼と絆を生み出す基盤となりました。