細木数子と安岡正篤の電撃婚はなぜ無効に?昭和の怪事件と遺産裁判の真相

細木数子と安岡正篤の電撃婚はなぜ無効に?昭和の怪事件と遺産裁判の真相

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安岡正篤氏といえば、吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘らに至る歴代首相が教えを請い、元号「平成」の考案者の一人とも目されるほどの巨星です。その影響力は政官財界の隅々にまで及び、まさに生ける伝説として崇められていました。

ところが1983年当時の安岡氏は、度重なる病や極度の老衰に加え、進行性の認知症の症状が顕著に現れていました。日常的な会話が噛み合わなくなり、親族の顔や名前の認識すらおぼつかない日が増えていたと、当時の関係者は証言しています。

そうした心身の衰えが深まる最中の1983年7月、細木氏は親族や門弟たちに一切知らせることなく、東京都内の区役所へ安岡氏との婚姻届を電撃的に提出しました。40歳というあまりに不自然な年齢差、そして当代屈指の知性派と銀座出身の女性実業家という異色の組み合わせは、永田町をはじめとする政財界に凄まじい衝撃を与えました。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。