1950年代、街頭テレビの前にあふれかえった大群衆。白黒画面に映し出される巨漢レスラーとの死闘に、人々は拳を握りしめて歓声をあげた。復興に湧く日本社会において、彼はまさに希望のシンボルだった。その爆発的なブームを一時的な流行で終わらせず、持続可能な産業へと育て上げた組織こそが日本プロレス協会である。
彼が自ら設立した日本プロレス協会は、興行の仕組みそのものを革新した。会場の手配、チケット流通ネットワークの開拓、テレビ局との放映権交渉など、現代に通じるプロレス興行の基本形を完成させたのだ。今日における日本のスポーツエンターテインメント界の商業的基盤は、すべてこの時代のアグレッシブな挑戦からスタートしている。