海峡を挟んで暮らす現地の人々は、自らのアイデンティティをどのように捉えているのでしょうか。イスタンブールに暮らす市民の生活感は、外側の人間が思い描く「東西対立」とは全く異なる軽やかさを帯びています。
「朝はアジア側のカドゥキョイにある自宅を出て、カフェで熱いチャイを飲みながら通勤フェリーに乗り、ヨーロッパ側のオフィスへ向かう。夕方にはまた船でアジア側に戻り、友人と海沿いのメイハネ(居酒屋)でラク(地酒)を酌み交わす。自分たちがアジア人かヨーロッパ人かなんて、普段の生活で意識したことすらないよ」――現地の大手IT企業に勤務する30代男性は、笑いながらそう語ります。
ネット上の掲示板やSNS、知恵袋などの声を集約すると、市民の感覚には独特のグラデーションが存在することが浮き彫りになります。
- アジア側(アナトリア側)の評価:「緑が多く、街路が整備されていて落ち着いて暮らせる」「伝統的なコミュニティの温かみが残っており、子育てに適している」
- ヨーロッパ側(トラキア側)の評価:「歴史の重みと商業の活気が凄まじいが、観光客と車で常に混雑している」「ビジネスの最前線であり、夜遅くまで眠らない刺激的な街」
市民にとって、ボスポラス海峡は「文明を切り離す壁」ではなく、「生活のオンとオフを切り替える心地よい境界線」として機能しています。船の上を飛び交うカモメにシミット(ゴマパン)を投げ与えながら海風を浴びる数十分間こそ、どちらの大陸にも属さないトルコ人だけの特権的な時間といえます。