日本近代美術史において、大正浪漫の美人画の特徴を語る上で欠かせないのが、憂いを帯びた大きな瞳、しなやかに脱力した指先、そしてどこか儚げな S字ラインの曲線美です。「夢二式美人」と称されるこの様式美の頂点に君臨するのが、木版画でも印刷物でもなく、縦130cmを超える大画面に肉筆で描かれた日本画『黒船屋』に他なりません。
黒地に朱を効かせた豪奢な着物をまとい、白い素足を覗かせる女性の姿は、単なる美人画の枠を大きく超えています。漆黒の毛並みを持つ猫をそっと胸元に抱き寄せる姿は、見る者の視線を一瞬で奪う妖艶さと、触れれば壊れてしまいそうな危うさを同居させています。当時の日本画壇の主流であったアカデミズムとは一線を画し、独自の感性で大正という時代の光と影をカンバスに焼き付けた点に、本作の不朽の価値があります。