巨万の富と不労所得を手に入れた人間であれば、過酷な肉体労働や、他人に頭を下げる仕事を真っ先に手放すのが一般的な心理かもしれません。座布団運びの仕事は、1枚あたり数キログラムもある重い特製座布団を何十枚も素早く運び、積み上げ、時には回答者から投げ飛ばされるなど、肉体的にも決して楽な仕事ではありません。2026年時点で69歳を迎えた山田氏が、なぜこのポジションに固執し続けるのか。そこには現場関係者だけが知る深い人間関係の機微が存在します。
収録現場に立ち会う番組スタッフや演芸記者は、舞台裏での山田氏の振る舞いについて口を揃えてこう証言します。「山田さんはスタジオに入ると、誰よりも早くスタッフ全員に深々と頭を下げて挨拶をする。大喜利の師匠連中はもちろん、新入りのADに対しても腰が低く、一切の驕りを見せない」という徹底したプロ意識です。
ネットの掲示板やSNS上では、時折「お金があるのに座布団運びなんて惨めではないか」「もっとプライドを持てばいいのに」といった無理解な書き込みも見られます。しかし、当の山田氏本人の胸中にあるのは屈辱ではなく、「笑点に対する絶対的な感謝と恩義」です。
ずうとるび脱退後、ソロタレントとして仕事が激減し、芸能界の荒波で立ち往生していた1984年、前任の松崎真氏の後を継ぐ形で座布団運びに抜擢してくれたのが、当時の司会者であった五代目三遊亭圓楽師匠でした。「お前は笑点が生んだ子どもだ。番組に帰ってこい」と温かく迎えてくれた恩人たちの恩義を、山田氏は片時も忘れていません。桂歌丸師匠が亡くなる直前まで病身を押して舞台に立ち続けた姿や、林家木久扇師匠が最後まで観客を笑わせ続けた姿勢を真横で見守ってきた彼にとって、笑点の舞台は単なる「稼ぐ場所」ではなく、「芸能人・山田隆夫の魂が宿る聖域」に他ならないのです。
お金のために座布団を運んでいるのではなく、座布団を運ぶ自分でありたいからこそ舞台に立つ。この精神的な充足感があるからこそ、大喜利メンバーからどれほど手荒くいじられようとも、満面の笑顔で舞台を駆け回ることができるのです。