シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の第4幕第7場で語られる、川に落ちて静かに命を落としていくオフィーリア。多くの画家がドラマチックな悲劇として描いたこの場面を、ジョン・エヴァレット・ミレーのオフィーリアは、静謐でありながら息をのむような鮮烈さで描き出しました。しかし、この一枚のキャンバスが完成するまでに支払われた代償は、想像を絶するものでした。
制作が行われた1851年から1852年にかけて、ミレーは徹底した写実主義を貫きました。背景の草木を描くため、サリー州ユーウェルのエウェル川(ホグスミル川)のほとりにイーゼルを立て、週6日、1日最大11時間もの野外制作を敢行。吹き荒れる強風や虫の襲撃、風雨に耐えながら、柳、イラクサ、ヒナギク、パンジー、ケシなど、シェイクスピアがテキストに書き留めた植物の意味(花言葉)まで正確に画面へ定着させたのです。
そして、美術史に残る凄まじいオフィーリアのモデルのエピソードが、ロンドンのアトリエで繰り広げられます。モデルを務めたのは、後にロセッティの妻となる当時19歳のエリザベス・シダルでした。ミレーは彼女を豪奢なドレスを着せたまま、水を張ったバスタブに何時間も浮かばせました。凍えるような寒さを凌ぐため、バスタブの下にランプを置いて湯を沸かしていましたが、ある日制作に熱中するあまりランプの火が消えていることに気づきませんでした。
極限の冷水に浸かり続けたエリザベス・シダルは、文句ひとつ言わずに耐え忍んだものの、撮影後に激しく体調を崩し、重度の肺炎を発症して命の危険に晒される事態に陥ります。激怒したシダルの父親はミレーに対して厳重に抗議し、50ポンドの医療費請求を突きつけました。ミレーが即座に支払いに応じたことで事態は収束しましたが、この極限状態から生まれた鬼気迫る美しさこそが、現在も鑑賞者の目を釘付けにする『オフィーリア』の魔力となっているのは紛れもない事実です。