母体内での生命維持を支える胎児循環は、成人の血液循環とは劇的に異なります。胎児の肺は羊水で満たされており呼吸ができないため、母体の胎盤が酸素化とガス交換、老廃物の処理を一手に引き受けています。この胎盤から送られる新鮮な動脈血を胎児の体内へと運び込む太いパイプが「臍静脈」です。臍から体内に入った臍静脈は肝臓の下面を走り、その大半の血流は「静脈管(アランチウス管)」を経由して下大静脈、そして心臓へと注ぎ込みます。
ドラマチックな変化が訪れるのは、生後第一声の瞬間です。肺呼吸が始まると同時に肺血管抵抗が急低下し、臍帯が結紮・切断されることで胎盤循環は途絶します。これにより胎児循環の変化が急速に進行し、血流の途絶えた臍静脈は生後1週間から2か月ほどかけて徐々に内腔が退縮・閉塞していきます。管腔が完全に閉じ、結合組織主体の索状物(ひも状の線維組織)として残存した構造物こそが臍静脈遺残であり、解剖学名としての「肝円索(ligamentum teres hepatis)」です。同様に、静脈管が閉塞した痕跡は静脈管索と呼ばれます。
成人における肝円索の役割は、日常的な生理機能としては肝臓をお腹の壁に繋ぎ止める支持靭帯の一部に留まります。普段は静かに眠る線維の束ですが、肝臓内部の血管構築や解剖学的区域を理解する上では、決して外すことのできない「過去と現在を繋ぐ道標」として機能し続けています。