牡蠣を愛する者にとって最大の関心事であり、時に恐怖の対象となるのが「食中毒(あたり)」の問題だ。ネット上では「岩牡蠣のほうが真牡蠣よりあたりにくい」「夏牡蠣は安全」といった説がまことしやかに囁かれているが、これは医学的・疫学的にどこまで正確なのだろうか。
結論から述べると、「ノロウイルスに感染する確率」という観点においては、確かに岩牡蠣のほうが圧倒的に低い。しかし、それは岩牡蠣がウイルスに対する免疫を持っているからではなく、ウイルスが環境中に存在する季節のメカニズムによるものだ。
ノロウイルスはヒトの腸管内でのみ増殖するウイルスであり、下水処理施設を経て河川から海へと流出する。このウイルスは低温で安定して生存する性質を持つため、冬場(11月〜2月)に人間社会で流行し、沿岸海域におけるウイルス濃度もピークに達する。内湾の表層近くで1日に数百リットルもの海水を濾過してプランクトンを摂取する真牡蠣は、この時期に海水中のノロウイルスを中腸腺(内臓部分)に濃縮して取り込んでしまいやすい。
一方、岩牡蠣が旬を迎える夏場は、陸上でのノロウイルス流行が収束しているうえ、強い紫外線や高水温によってウイルスが海中で不活化しやすい。加えて岩牡蠣の多くは外洋に面した潮流の速い深海で育つため、生活排水の影響を極めて受けにくい環境にある。これが「岩牡蠣を食べてもノロウイルスにあたりにくい」と言われる実態である。
しかし、ここで警戒を怠ってはならない。夏場の岩牡蠣には、真牡蠣とはまったく異なる「細菌性食中毒」と「自然毒」のリスクが潜んでいるからだ。
- 腸炎ビブリオ等の細菌リスク:海水温が20度を超える初夏から夏にかけて、沿岸海域では腸炎ビブリオなどの好塩性細菌が爆発的に増殖する。適切な低温管理(10度以下)が維持されない場合、短時間で菌が増殖し、激しい腹痛や下痢を引き起こす原因となる。
- 貝毒(麻痺性・下痢性)のリスク:水温上昇期に有毒プランクトンが突発的に大発生することがあり、これを捕食した貝類が毒化する現象。貝毒は熱に極めて強く、加熱調理しても分解されないため、自治体による定期的な海域モニタリング検査が安全の生命線となる。
つまり、「真牡蠣=冬のウイルスリスク」「岩牡蠣=夏の細菌・貝毒リスク」という図式が成立するのであって、「岩牡蠣なら絶対にあたらない」というのは明白な誤解である。現代の流通においては、紫外線殺菌海水を用いた24時間以上の浄化プール循環(滅菌処理)や、出荷ロットごとの厳格なDNA検査が義務付けられており、正規の流通ルートを経た生食用牡蠣の安全性は過去に類を見ないほど高められている。