事件が明るみに出たのは1987年9月4日のことでした。数日前から佐々木氏と連絡が取れなくなった所属事務所スタッフや関係者が、彼が身を寄せていた東京都板橋区高島平の愛人女性(当時39歳)のアパートを訪問。異臭と不穏な気配に気付き警察に通報したことで、凄惨な現場が発見されました。
室内で倒れていた佐々木氏は、上半身を中心に包丁で滅多刺しにされており、死後数日が経過していました。司法解剖の結果、死因は多発刺創による出血性ショック死と断定。争った形跡は少なく、就寝中または無防備な状態を狙われた計画的かつ強い殺意を帯びた犯行であることが判明しました。
部屋の主である同棲相手の女性は姿を消しており、警察は殺人事件として即座に特別捜査本部を設置。全国規模での重要参考人追跡が開始されました。