危険と隣り合わせの世界に身を置きながらも、中島健朗の登山哲学の根底にあったのは常に「生きて帰ること」でした。周囲から「石橋を叩いて渡らないほど慎重」と評されるほど、天候の急変やルートのコンディション変化に対してシビアな判断基準を持っていました。
その冷静な判断の背景には、日本で帰りを待つ妻をはじめとする家族の存在がありました。中島は遠征のたびに家族への感謝を口にし、生きて日常へ戻ることを最優先事項としていました。極限の高峰で見せるストイックな姿とは対照的に、普段の彼は穏やかで温厚、誰からも慕われる人柄の持ち主でした。
山を征服する対象ではなく、美しさと厳しさを併せ持つ偉大な自然として敬意を払い続けた中島の姿勢は、彼が撮影した数多くのドキュメンタリー映像の優しい視線の中にも色濃く宿っています。