山寺宏一氏と『アンパンマン』の原点には、原作者である故・やなせたかし氏との深い絆が存在します。なかでも「めいけんチーズ」のキャスティングにまつわる逸話は、アニメ史に残る名エピソードとして語り継がれています。
初期のオーディション現場において、チーズは言葉を喋らない純粋な犬として設定されていました。多くの声優が一般的な犬の鳴き声を演じるなか、若き日の山寺氏は「言葉を発せない代わりに、声のトーンや息遣いだけで人間の台詞以上の感情を表現する」というアプローチを披露しました。これを見たやなせたかし氏は膝を打ち、「この男は本物だ」「山ちゃんがいるなら、どんな無茶な役でも書ける」と手放しで絶賛したといいます。
やなせ氏は生前、山寺氏の才能について「七色の声を持つ男ではなく、無限の声を持つ男」と評していました。その信頼は絶大で、作中で声の演じ分けが困難な特殊キャラクターが登場するたびに、「山ちゃんにお願いすれば間違いない」と制作スタッフの間で暗黙の了解が形成されていったのです。