三島由紀夫が太宰治に対して抱いた強烈な嫌悪感は、単なる若気の至りや個人的な感情論にとどまりません。三島が終生こだわり続けた太宰批判の根底には、文学観・倫理観における決定的な断絶がありました。三島が太宰を嫌った主な理由は、以下の3点に集約されます。
第一に、自己憐憫と「弱さの売り物化」への嫌悪です。太宰の文学は、自らの恥や弱さ、情けなさを赤裸々に告白し、読者の同情と共感を誘う手法を得意としました。しかし、貴族的な誇りと厳格な規律を重んじる三島にとって、自らの傷口を公衆の面前に晒して甘える態度は「もっとも恥ずべき精神の弛緩」と映りました。
第二に、肉体的な鍛錬を欠いた「病的なナルシシズム」への反発です。三島は後に「太宰の持つ性格的欠陥は、ラジオ体操を日課にすれば治る程度のものだ」と皮肉交じりに述べています。健康や生活習慣を顧みず、自堕落な生活を美化する無頼派の姿勢を、三島は徹底して批判しました。
第三に、文体と構造における「近代知性」の欠如です。構築的で完璧なレトリックを追求した三島から見れば、太宰の情緒的で語りかけるような文体は、読者を共犯関係に引きずり込む安易な感傷主義に感じられました。三島にとって文学とは、冷徹な論理と厳密な美の構築物でなければならなかったのです。