浜田幸一氏を象徴する最大の武勇伝が、1979年の「四十日抗争」における自民党本部バリケード強行突破事件です。大平正芳首相と福田赳夫元首相が激しく対立し、党本部4階の総裁室前に反主流派議員たちがバリケードを築いて立てこもりました。膠着状態を打ち破ったのが、若き日の浜田氏でした。
積み上げられた机やパイプ椅子を体当たりで次々と蹴散らし、バリケードを単身で強行突破した浜田氏は、群がる議員や報道陣カメラの正面で涙ながらに喉を枯らして叫びました。
「いいか、お前ら聞けよ!可愛い子どもたちの日本のために自民党はあるんだぞ!お前らの派閥のために自民党があるんじゃない!」
派閥の論理に明け暮れるベテラン政治家たちを一喝したこの魂の叫びは、国民の胸を強く打ち、現在も政治史を彩る伝説の名言として語り継がれています。
また、1988年の衆議院予算委員長時代には、共産党の宮本顕治元議長を巡って「宮本顕治君は人を殺したことがある」と突如発言。国会を大混乱に陥れ、予算委員長辞任に追い込まれました。弁明に終始する他の政治家とは異なり、辞任劇すらも劇的なドラマへと変貌させてしまう爆発力こそがハマコーの真骨頂でした。