瀬島龍三の存在を日本中のお茶の間に浸透させたのは、間違いなく山崎豊子の長編小説『不毛地帯』です。主人公・壱岐正は大本営参謀出身、シベリア抑留を経て近畿商事に入社し、航空機ビジネスなどで辣腕を振るうという設定であり、誰の目にも瀬島がモデルであることは明白でした。
しかし、生前の瀬島本人は「小説はフィクションであり、壱岐正は私ではない」と一貫して距離を置き続けました。山崎豊子側も複数の取材対象者を組み合わせた人物像であると説明していますが、主人公の経歴や立ち振る舞い、戦略的思考は瀬島の足跡そのものをトレースしています。小説内での壱岐正は高潔で清廉な武士道精神の持ち主として描かれたため、世間には「苦難を乗り越えて国のために戦い続けた昭和の英雄」というポジティブなイメージが定着しました。
一方で、政界では全く異なる顔を見せていました。それが中曽根康弘との関係です。瀬島は中曽根政権において発足した「第二次臨時行政調査会(第二臨調)」の顧問に就任。「増税なき財政再建」を掲げた土光敏夫会長を支えつつ、複雑に利害が対立する官僚組織や労働組合を相手に、水面下で圧倒的な政治調整力を発揮しました。
臨時行政調査会の功績として名高い国鉄(現・JR)や電電公社(現・NTT)、専売公社(現・JT)の民営化は、瀬島の緻密な根回しと大本営仕込みの戦略眼なしには実現し得なかったと言われています。このため政財界からは「中曽根政権の影の総理」「政界最大の黒幕」と畏怖されることになりました。