番組を観る誰もが抱く最大の疑問が、「買い物や通院すらままならない不便な山奥になぜ住み続けるのか」という点です。制作スタッフが地元住民への聞き込みを重ね、未舗装の悪路を乗り越えて辿り着いた先で語られる言葉には、都市生活の物差しでは測れない重厚な動機が存在します。
取材現場の証言やこれまでの放送内容を精緻に分類すると、過酷な山奥暮らしを選択・継続する理由は主に3つの類型に集約されます。
第1に、「先祖伝来の山林・農地を自らの代で途絶えさせない」という歴史的使命感です。かつて林業や炭焼き、茶栽培などで栄えた集落が過疎化する中で、周囲が山を下りてもなお「守り人」として留まり続けるケースです。ある高齢の住人は特番インタビューで「自分がここを離れたら、数百年前から受け継がれた墓や山が荒れ果ててしまう。体が動く限りは土を守るのが役目」と語っており、土地への強いアイデンティティが生活の原動力になっています。
第2に、「自己完結型の自由と精神的平穏の獲得」です。上下水道の代わりに山から引いた天然の沢水を使い、薪ストーブで暖を取り、自給自足に近い菜園を営む生活様式は、一見不便極まりないように映ります。しかし住人たちの一致した声は「誰にも気兼ねせず、自分のペースで朝を迎え、日が暮れたら眠る贅沢は何物にも代えがたい」という点です。都市社会特有の人間関係の摩擦や情報過多から解放された究極のプライベート空間がそこにあります。
第3に、「夫婦や家族の原風景・かけがえのない記憶の保存」です。亡き配偶者と汗を流して切り開いた果樹園や、子どもたちを育て上げた生家をそのまま維持したいという情愛が、孤独に勝る動機となっています。