白蓮事件の真相と豪華絢爛な美!旧伊藤伝右衛門邸の見どころ徹底解剖

白蓮事件の真相と豪華絢爛な美!旧伊藤伝右衛門邸の見どころ徹底解剖

白蓮事件の真相と豪華絢爛な美!旧伊藤伝右衛門邸の見どころ徹底解剖にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

旧伊藤伝右衛門邸を深く理解するためには、まず主である伊藤伝右衛門の波乱に満ちた経歴を知る必要があります。伝右衛門は安政2年(1855年)に生まれ、極貧の少年期から父と共に石炭採掘事業に身を投じました。幾度もの事業失敗や資金難を不屈の闘志で乗り越え、筑豊炭田の近代化を推し進めて巨万の富を築き上げた、まさに叩き上げの経済人です。

彼が飯塚市幸袋の地に本邸を構えたのは明治30年代後半のことでした。その後、明治44年(1911年)、56歳の伝右衛門は、大正天皇の従妹にあたる25歳の伯爵令嬢・柳原燁子(後の白蓮)を後妻として迎えます。炭鉱経営者としての社会的地位の向上と、没落しつつあった華族側の思惑が一致した政略結婚とも評されましたが、伝右衛門は白蓮を迎えるにあたり、屋敷の大規模な増改築を行いました。

伝統的な日本建築の粋を集めながら、当時最先端だった洋風のステンドグラスやマントルピース、水洗トイレなどを導入した邸宅は、当時の地方都市においては桁外れのスケールでした。旧伊藤伝右衛門邸の歴史と経緯は、近代日本のエネルギー革命を支えた炭鉱マネーの威光と、身分差を超えた夫婦の相克を如実に物語っています。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。