藤本美貴さんのハロー!プロジェクトにおける歩みは、一般的なアイドルのサクセスストーリーとは一線を画しています。すべての始まりは、2000年に開催された「モーニング娘。第3回追加メンバーオーディション(4期)」でした。最終合宿審査まで進みながらも惜しくも落選。しかし、プロデューサーのつんく♂氏をはじめとする制作陣はその非凡なボーカル力と勝気なスター性を見逃さず、将来のソロデビューを前提としたレッスン生として事務所に囲い込みました。
2002年3月にシングル『会えない長い日曜日』でソロデビューを飾ると、同年7月にリリースされた3rdシングル『ロマンティック 浮かれモード』が爆発的なヒットを記録します。激しいコールとヲタ芸を生み出したこの楽曲は、現在もアイドルソングの金字塔として歌い継がれる伝説の名曲です。さらに同年、後藤真希さん、松浦亜弥さんと結成したスーパーユニット「ごまっとう」でも圧倒的な歌唱力とビジュアルを披露し、デビュー年でありながら第53回NHK紅白歌合戦への単独出場を果たしました。
日本中が「トップソロアイドル」として認知していた2003年1月、突如としてモーニング娘。への6期メンバーとしての加入が発表されます。一般公募オーディションを勝ち抜いた亀井絵里さん、道重さゆみさん、田中れいなさんの3名に加え、すでにソロで確固たる地位を築いていた藤本さんが合流する形は、ファンや業界関係者に激震を走らせました。この異例の配置転換は、国民的グループの世代交代と歌唱力の底上げを狙った総合プロデューサー・つんく♂氏の奇策であり、藤本さんのアイドル人生を大きく揺り動かす転換点となったのです。