大晦日にそばを食べる習慣が日本全国に定着したのは、江戸時代の中期から後期にかけてのことです。それ以前の室町時代にも、大晦日に「世直しそば」や「運そば」と呼ばれるそば粉餅を振る舞う風習は一部に存在していましたが、現在のように細長い麺(蕎麦切り)を食べる文化として開花させたのは、過密都市・江戸で暮らす町人たちのバイタリティでした。
当時、江戸の商人たちは毎月末(晦日・みそか)に非常に忙しい締め作業に追われていました。そこで、手軽に短時間で食べられ、後片付けも簡単な「晦日そば(みそかそば)」を出前で頼む習慣が定着します。これが次第に12月31日の大晦日だけ特別な行事として純化され、「年越しそば」と呼ばれる伝統へと昇華していきました。
また、歴史的な背景には単なる縁起担ぎにとどまらない医学的・栄養学的な生活の知恵も存在しました。精白米を主食としていた江戸の町民は、ビタミンB1不足から脚気(かっけ)を患う「江戸患い」に悩まされていました。そば粉には豊富なビタミンB群や食物繊維、ポリフェノールの一種であるルチンが含まれており、疲労回復や毛細血管の強化に役立つことが経験則として知られていたのです。厳しい冬を乗り切り、新年の健康を維持するための栄養補給という実利的な側面も、この食文化を後押ししました。