映画本編では語られなかったものの、公式設定資料集(ロマンアルバム)や宮崎駿監督のメモには、エボシ御前に関する極めてハードな前史が記されています。
エボシは若い頃、海外の倭寇(海賊)に売られ、その頭目の妻にさせられたという過酷な過去を持ちます。しかし彼女は運命に屈することなく、自らの手で頭目を殺害してその財産と最新鋭の火器(石火矢)の製造技術を奪取。日本へ帰国した後に設立したのが、武装防衛集団としてのタタラ場でした。
彼女が遊郭の女性たちを買い取り、武器を持たせて自活させたのも、自身がかつて売られ、男社会に搾取された地獄を味わったからです。単なる高潔な為政者ではなく、泥水をすすり、暴力の構造を骨の髄まで理解した上で「弱者が生き延びるための城砦」を築いた人物でした。
物語の結末において、シシ神の首を撃ち落としたエボシは、瀕死のモロの君の首に右腕を食いちぎられます。しかし彼女はアシタカとサンに救命され、命を落とすことはありませんでした。シシ神が倒れ、森とタタラ場が共に壊滅的な被害を受けた後、包帯を巻かれたエボシは生き残った人々にこう告げます。
「アシタカを迎えに行け。礼を言わねばならん。みんなはじめからやり直しだ。ここをいい村にしよう」
自然神を殲滅しようとした驕りを認めた彼女は、片腕を失いながらも絶望せず、自然と共生する新たな共同体の再建を誓いました。この再生への潔い決断が、観客に深いカタルシスを与えています。