初読時に多くの人が抱く「なぜこんなグロテスクなタイトルなのか」という疑問。物語の序盤で桜良は、昔の人はどこか悪いところがあると他の動物のその部分を食べて治癒を祈ったという民間信仰を紹介し、「私の膵臓を食べさせたい」と冗談めかして語ります。しかし、この言葉の真価は終盤の劇的な伏線回収によって全く異なる輝きを放ちます。
他者と群れることなく自分の世界で完結していた「僕」(志賀春樹)は、周囲を笑顔にし、誰からも愛される桜良の強さに強烈な憧れを抱いていました。一方で、膵臓の病で余命わずかでありながら気丈に振る舞う桜良自身は、他人に依存せず一人で立っている「僕」の凛とした佇まいに憧れ、救われていたのです。
「好き」や「愛している」、あるいは「友達」という既存のありふれた言葉では、2人の間に生まれた唯一無二の関係性を言い表すことができない――。その葛藤の末に春樹が導き出した言葉こそが、「君の膵臓をたべたい」でした。
「君の爪の垢を煎じて飲みたい」という慣用句の最上級として、また「相手の魂を自分の中に取り込み、相手のようになりたい」という切実な祈りとして放たれたこの言葉は、桜良が病院を抜け出して「僕」と会う直前に送った最後のメールでも完全に一致します。言葉の意味が反転し、純粋な魂の交歓へと昇華する瞬間は、本作最大の泣けるセリフとして読者の胸を打ちます。