従来の警察小説において、キャリア官僚といえば「現場を知らない頭でっかち」「功名心に駆られ現場の刑事を駒として扱う冷血漢」という悪役の記号として描かれるのが定番でした。しかし、今野敏が2005年に世に送り出した『隠蔽捜査』は、その構図を根本から覆しました。
主人公・竜崎伸也は、東大卒で国家公務員I種試験をパスした警察庁のキャリア警察官です。愛想笑いは一切せず、妥協や忖度を極度に嫌い、常に法令と警察の任務に対する「原理原則」に基づいて職務を遂行します。一見すると血も涙もない堅物に見える竜崎ですが、彼が発する言葉には私利私欲や組織防衛のための嘘が一片もありません。
「警察官の使命は事件を解決し、国民を守ること。隠蔽などという保身は警察の仕事を放棄することだ」――。組織の体面を取り繕うために不都合な真実を闇に葬ろうとする上層部や現場の刑事たちに対し、竜崎が冷徹かつ淡々と突きつける正論は、読者に比類なき爽快感を与えます。公の場で見せる揺るぎない覚悟と、家庭内で直面する不器用な父親としての苦悩という二面性が、キャラクターに血肉を通わせています。