西芳寺の参拝は、山門をくぐってすぐに庭園を歩くことは許されません。総門から受付を済ませた参拝者は、まず本堂である西来堂(せいらいどう)へと案内されます。そこで行われる宗教的アプローチこそが、この寺院の神髄です。
本堂内には硯と筆、または筆ペンが用意された机が整然と並びます。参拝者は本尊である阿弥陀如来に向かい合って合掌し、心を落ち着かせた上で写経体験へと移ります。書写するのは「延命十句観音経」などの短く簡潔なお経、あるいは自らの願いを込める祈願木札への筆入れです。毛筆に不慣れな方や外国籍の参拝者でも無理なく取り組めるよう配慮されており、正座が困難な方のために椅子席も完備されています。堂内に響くのは衣擦れの音と墨を摩る静かな音のみ。日常生活で散らかった思考が強制的にリセットされ、精神が研ぎ澄まされていく感覚を覚えます。
心身が清められた後、いよいよ本堂を出て夢窓疎石(むそうそせき)が手掛けた名庭園へと足を踏み入れます。境内は、中央の「黄金池」を巡る下段の池泉回遊式庭園と、指東庵を中心とする上段の枯山水庭園の二段構成になっています。木漏れ日が揺れる緑の深淵には、ヒノキゴケ、オオシラガゴケ、スギゴケなど約120種もの苔が生い茂り、濃淡の異なる緑が複雑なグラデーションを描き出します。写経によって静寂を内面に宿した状態で眺める庭園は、視覚的な美しさを超えて深い精神的充足感をもたらします。