豪邸の処分と並行して世間の関心を集めたのが、志村さんがこよなく愛した志村けん愛車の行方と、多くのファンが期待した「記念館」の行方でした。
生前、志村さんはイギリスの最高級車ロールス・ロイス・ファントムや、アメリカの大型SUVキャデラック・エスカレードなどを所有し、専属の運転手にハンドルを握らせて麻布十番などの街へ繰り出していました。このうちロールス・ロイスは、志村さんを芸能界の父と慕っていた千鳥の大悟さんが約500万円で引き取ったことが大きな話題となりました。大悟さんは自身で運転免許を持たないにもかかわらず、「師匠の車を大切に保管したい」という一心で受け継ぎ、ファンの胸を打ちました。また、キャデラックも志村さんの大ファンである医療関係者に適正価格で譲渡され、愛車たちは散逸することなく大切に扱われています。
一方で、熱望されていた志村けん記念館構想はなぜ頓挫してしまったのでしょうか。調査を進めると、都市計画法上の極めて現実的な壁が立ちはだかっていたことが分かります。
三鷹市牟礼の自宅があったエリアは、都市計画法上の「第一種低層住居専用地域」に指定されています。この用途地域は、良好な住環境を保護するために建てられる建築物の用途が厳格に制限されており、不特定多数の観光客が訪れる博物館や記念館、大規模商業施設の営業は原則として認められません。
住宅街の狭い生活道路に大型バスやファンの車が押し寄せれば、近隣住民の静穏な生活を根底から破壊してしまいます。さらに、建物を公共施設として維持するための年間数百万円規模のランニングコストを誰が恒久的に拠出するのかという財源問題もあり、三鷹の自宅をそのまま記念館にする構想は法的手続きの初期段階で断念せざるを得ませんでした。