暗雲を切り裂き、本格派舞台女優として目覚ましい復活を遂げた宮沢りえが最初の結婚に踏み切ったのは2009年4月のことでした。36歳を迎えた彼女が伴侶に選んだのは、ハワイを拠点に活動していた元プロサーファーで、大手アイウェアブランドの販売権などを手掛ける実業家の中津ひろゆき氏でした。
結婚発表時にはすでに妊娠6か月であり、同年5月には待望の第1子となる長女が誕生。「母子ともに健康」と発表され、ハワイと東京を行き来する優雅なデュアルライフがスタートしたかに見えました。しかし、わずか3年後の2012年には離婚協議中であることが公表されます。
なぜ2人の生活は破綻してしまったのでしょうか。報道資料や当時の証言から浮かび上がる離婚理由は、以下の複合的な要素でした。
- 生活拠点の決定的な不一致:活動拠点を日本に置き、演出家・蜷川幸雄氏や野田秀樹氏の舞台で評価を高めていた宮沢りえに対し、中津氏は生活とビジネスの基盤がハワイに固定されていたこと。
- 女優業への理解とすれ違い:一度舞台の稽古に入ると数か月間家庭を空け、役に全身全霊を注ぎ込む宮沢りえのスタイルと、家庭的な平穏を求めた元夫との生活観のギャップ。
- 長女の養育環境と教育方針の対立:日本の一貫校で育てたい宮沢りえと、海外のオープンな環境で育てたい中津氏との方針の違い。
別居発表から正式な離婚成立が発表された2016年3月まで、協議は実に約4年間に及びました。これほど長期化した最大の論点は「長女の親権」でした。海外在住の父親と日本在住のトップ女優による親権協議は法務的にも複雑を極めましたが、最終的には宮沢りえが親権を持つことで合意に達しました。泥沼の裁判闘争に発展させることなく、双方が娘の将来を最優先に考えて時間をかけて着地点を見出した点に、母親としての彼女の並々ならぬ覚悟が窺えます。