増田恵子のソロキャリアを語る上で欠かせないのが、1981年11月にリリースされたソロデビュー曲『すずめ』(中島みゆき作詞・作曲)です。同曲はオリコンチャート最高9位、累計売上26万枚を超える大ヒットを記録し、ピンク・レディー解散直後の彼女にソロシンガーとしての確固たる足場をもたらしました。
しかし、その華々しい成功の裏で、増田は「ピンク・レディーのケイ」という巨大すぎるパブリックイメージとの壮絶な闘いを強いられていました。2004年に発表された増田恵子 自叙伝 告白(『あきらめない』など)や当時のインタビューによると、彼女は常に世間から求められる「清純で大人しいケイちゃん」という枠組みに激しい息苦しさを感じていたと述懐しています。
1989年、30代を迎えたタイミングで決断された写真集『幻惑』の出版は、まさにその殻を自らの手で打ち破るための通過儀礼でした。当時の芸能界における増田恵子 経歴 出版理由は、事務所主導のスキャンダラスな話題作りではなく、一人の自立した大人の女性アーティストとして自己を再定義するための覚悟に満ちた選択だったのです。