ネット上の掲示板やSNSでは、イチローの打撃スタイルに対して時折「足が速いだけでボテボテの内野安打ばかり」「セイバーメトリクス的には出塁率や長打率が低く、過大評価ではないか」といった辛辣な言説が散見されます。しかし、これらの指摘は客観的なデータと実際の打撃技術を無視した皮肉な誤解に過ぎません。
まず「内野安打ばかり」という点についての検証です。MLB通算3089安打のうち、内野安打の割合は約18〜20%前後(500本強)に留まります。つまり、残る80%以上(2500本以上)は外野へ綺麗に弾き返したクリーンヒットです。さらに、イチローの内野安打は単なる打ち損じの産物ではありませんでした。打席内での卓越したバットコントロールにより、投球の威力を殺して三塁手や遊撃手の前に意図的に転がす「狙いすましたヒット」が極めて多く含まれていたことは、当時の対戦相手だった名内野手たち(エイドリアン・ベルトレら)が証言しています。
もう一つの盲点は「本塁打を狙わなかった理由」です。イチローの試合前のフリー打撃は、メジャー関係者の間でも屈指のエンターテインメントとして知られていました。軽々とライトスタンド上段、時にはアッパーデッキへ特大アーチを連発する姿を目撃した同僚打者や解説者は異口同音に「イチローが本塁打を狙えば、シーズン30発は楽に打てた」と語っています。
なぜ本塁打を量産しなかったのか。当時のインタビューでイチロー自身が明かした哲学は極めて明快でした。「ホームランを狙えば打率は下がり、チームが求める1番打者としての出塁とチャンスメイクの役割を放棄することになる」。四球を選ばないことについても、「歩いて出塁するよりも、バットで打って走者を動かす方が相手守備陣に与えるプレッシャーが大きい」という揺るぎないプレースタイルに基づいた選択でした。現代の「フライボール革命」や「長打至上主義」とは対極にある、職人肌のクラフトマンシップがそこには存在していました。