1988年11月、埼玉県内でアルバイターの女子高校生が突然姿を消した。連れ去られた先は、足立区綾瀬にある加害少年の一人の自宅だった。親と同居するごく普通の住宅でありながら、その2階の部屋は41日間にわたって非人道的な暴行が繰り返される惨劇の密室と化した。近隣住民や同居家族が違和感を覚えつつも異変を遮断してしまった背景には、家庭内暴力への恐れや地域社会の連帯の希薄化が存在していたとされる。
事件発覚の端緒と捜査の経緯もまた、悔恨に満ちている。発覚当時、綾瀬警察署には別件の手入れや捜査の手が伸びていたが、監禁中の少女を救出するには至らなかった。警察の初動捜査の限界や情報連携の課題は、後に警察機構の在り方や行方不明者届への対応姿勢を再点検させる重い教訓となった。封印されたドラム缶が埋立地から発見された瞬間、日本中が言葉を失った。